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しなやかな残響
ー春を紡ぐ者の叙事詩ー 全3巻(24万文字) 第1巻:250円、第2巻:450円、第3巻:450円 全巻、Kindle Unlimitedで無料購読可能 |
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【第十章】 敗軍の将 その一 逢瀬 より抜粋
「やっと。笑顔を見せてくださいましたな。シュンラ様。この山寺にいらっしゃって初めてです。シュンラ様には、笑顔が一番似合いまする」 急にチョウリョウは、真顔になってそう言った。シュンラの笑いが止まった。目を上げると見晴らす彼方は、王都カトマールの方角だった。人族の視力では、布地に針で開けた穴ぐらいにしか見えない王都も、彼女のエルフの目ではその奇怪な尖塔のひとつひとつまではっきりと見分けることができる。魔法使いのシャールに受けた仕打ち、この素足で胸板を踏み抜いて殺した兵士の断末魔の叫びと形相、そんな光景がシュンラの脳裏をかすめ、言葉にならない思いが胸に込み上げてきた。 「シュンラ様は、涙を流したことがありますか?」 シュンラは、チョウリョウの顔を振り返った。横向きに抱き合ったままで、ほんの少し首をのばせば唇が触れ合いそうなほど、二人の顔が接近している。エルフの少女の金髪がさらさらと風に揺れる。 「涙?」 たぶんあるだろう。シュンラは、自分に問いかけた。でも、それは、いつのことだろう?百九十三年間生きてきて、最後に泣いたのがいつだったか思い出せない。まだ小さい子供の時、ルーイが遊んでくれないと言ってだだをこねて泣いていた自分の姿が思い出されてきた。あの時から、ルーイは、まったく変わっていない。今と同じ少年の姿のままだ。その美しい少年の姿を彼女はいつも目で追っていた。 “ルーイ” シュンラは、目を伏せた。 「涙をため込むのは体の毒でございますよ。言葉にできない心の棘を押し流すために、あるものですから。泣きたい時は、泣く。笑いたい時は、笑う。それが自然の摂理でございます」 シュンラは、両手で目を覆った。細い肩が嗚咽で震えている。チョウリョウは、その背中をさすった。 「生きとし生ける物は、自らの持つ時間に同調できる命を愛するものです。自らの命をつなぐためです。時間を持たぬ物を愛することはできません」 シュンラには、チョウリョウの言おうとしている意味が分かるような気がした。“時間を持たぬ物”、不死の存在、わかっている。わかっているんだけど、わたしは、彼らの一族に育てられたのだ。そして恋をした。美しい永遠の少年に。でも、それは、わたしとは異質なるもの。エルフである彼女にも有限の時間はあるのだ。エルフの少女は、過去との決別の時が迫っていることをその体で悟っていた。 |
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【第十二章】 擬態 その三 サムライ より抜粋
ぼろぼろの服を着た長身の男が一人、砦の城門の前で衛兵と押し問答をしていた。長い茶色の髪を頭の後ろで束ねているが、手入れをしていない様子で髭同様ぼうぼうだ。袖の長い着流しの服の腰に長い刀を差している。この戦場の最前線基地で甲冑も身に着けていない。一見して変人奇人の類だ。甲冑に身を包んだ衛兵たちはうさん臭そうな目で男をにらんで追い払おうとしている。ここは、レアルの砦。カトマールの東に位置し、大きな城壁に囲まれている。いまや、エルドール・ラトザール連合軍の一大軍事拠点となり、物々しい警備が敷かれている。 「エルドールのロード、シュンラ=リスレンがこの砦にいると聞いて、訪ねて来たんだ。俺の名はアラミス。取り次いでもらえさえすれば、それで分かる」 男は、そう言い張っている。 「キャー。本当にアラミスだ! 久しぶりー」 城壁の上から少女が一人、身を乗り出すようにして手を振っている。シュンラだった。丈の長い白衣を着、頭には白い帽子のようなものを被っている。茶色の長髪の男以上に、その場の雰囲気にそぐわない格好だ。城門の衛兵たちは驚いて呆然としている。しかし、一番呆然としているのは、手を振られているアラミス本人だった。 「わたし、ここで働いてるんだよ。エイセイタイイっていうんだ。お医者さんだよ。チョウリョウがね、任命してくれたの。チョウリョウはね、わたしも、何か仕事をしたほうがいいって」 エルフの少女、シュンラは、アラミスを砦の中に案内しながらそう言ってはしゃいでいる。 「チョウリョウって誰だ?」 アラミスは、シュンラの話を遮って、そう尋ねた。 「わたしの夫よ。軍師なの。偉いんだよ」 「驚いたな。何というか、幸せそうだな。安心したよ。ダルマ老の山寺で荒れてるとサスケから聞いていたのでね。会ってさえもらえないのではないかと心配していたんだ。虫の居所が悪いと首をへし折られかねないとね」 「あら。わたし、アラミス坊やの首を折ったりなんかしないわよ」 |
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【第十三章】 刺客 その四 聖域 より抜粋
アーサーは、十四年前に死んだ魔王らしい。悪事を企む者たちが、彼を利用しようとしているらしい。もし彼らの手に魔王の体が渡ったら、大変な事になるとルーイは言った。何がどう大変なのかは、アンナには理解できない。すでに、彼女の身には大変な事が起こりすぎているからだ。死んだり、生まれたり、利用されたりと魔王も大変だと、アンナは思った。 「ケロちゃんおいで。シャナオウさんだよ。怖くないよ」 アンナは、ケルベロスを手招きした。巨大な犬の怪物は辺りを警戒するように彼女を遠巻きにして歩き回っていた。アンナには、この獣がかわいく思えてしかたがない。特に、頭が三つもあるところがたまらなくかわいい。彼女は、擦り寄ってきたケルベロスの太い前足を撫でた。 「ごめんなさい。この子たち。ちょっと人見知りするんです」 「名前をつけたんですね」 シャナオウは、荒い息と共によだれを垂らしている巨大な口を見上げた。鋭い牙は、牛の角ほどの大きさがある。人間の頭くらい一口で噛み砕きそうだ。人見知りしているようにはとても見えない。彼は、そのうちの一頭と目が合ってしまった。 「ええ。その子が、ケロイチ、真ん中がケロニ、そして、こっちがケロサン。ケロサンが一番甘えん坊なんですよ。まとめて呼ぶ時は、単にケロって呼んでます」 アンナは、くすくすと笑った。 「興味深い名前ですね」 シャナオウは、そう言って、ケロイチの挑戦的な目から視線を逸らした。 「老師からの言伝です。カンナ山の麓にカトマールが軍を集結させ始めました。それゆえ、しばらくの間、遠出は控えるようにとのことです」 「カトマールの軍って、わたしがここにいるせいですか?」 「はい。でも、今日のところは心配無用です。この美しい銀世界を心ゆくまで楽しんでください。明日は戦場になるやもしれませぬ」 「戦になるんですか?」 「できれば、戦は避けたいです。しかし、ここはカンナ山の聖域。我らは、魔の侵入を許すわけにはなりませぬ」 魔という言葉に、アンナはうつむいてしまった。戦いになれば、人が死ぬかもしれない。すでにわたしの存在自体が魔なのだろうか。アンナは、そう思った。彼女は、このところ自分が異形の魔物たちを従えている夢を見るのだ。その夢の中では、彼女は、背の高い男の人の姿をしている。それが、魔王と呼ばれるアーサーだろうか。 「我々のいう魔とは、聖域にとって忌むべきもの。世間一般にいうところの魔族とは異なります。たとえば、このケルベロス、いやケロ殿も……」 彼は、そう言いながらケロの前で片手を上げた、獣は、警戒のため一瞬体を震わせた。 「忌むべきものでない限り、等しく生けるものです」 シャナオウは、ケロイチの頭を撫でた。獣は、低く唸りながらも、じっとしていた。 「でも、相手は、軍隊でしょう。シャナオウたちだけで戦うのですか?」 「それが、宿命とあれば、それに従うしかありません」 シャナオウは、静かな笑顔を見せた。 |