当事者は、皆等しく生ける者として平等

ひとつ前の記事で触れた司馬遷の『史記』は、二千年以上前の古代中国の歴史書だ。ただの歴史書ではなく、現在に至るまで数億人規模の読者の心と共鳴し続けている。
史記が二千年以上にわたって読み継がれている理由の一端を極めて僭越至極ではあるが考察したいと思う。

司馬遷は、濡れ衣ともいえる罪で宮刑(去勢)を受けた身でありながら命をかけて『史記』を書き残した。

それは勝者の記録ではなく、二千年以上前を生きた人間の生の言葉を紡いだ物だ。

例えば、「士は己を知る者のために死す」という言葉が有名で、様々な意味で使われたり、利用されたりもしてきた。

そんな任侠的な言葉だけではなく、漢民族目線で匈奴は「若者が年老いた者より良いものを食べる」から野蛮だと批判する言葉に対して、

匈奴目線で「だからこそ親子いずれも生き延びられる」と反論し「漢では、住宅を豪勢にするがため親戚の間は疎遠となり、礼儀もすたれ上と下がいがみ合う」と言い返したりする相互の文化的ギャップも描かれている(匈奴列伝)。

身分や立場に関わらず、当事者は、皆等しく生ける者として平等なのだ。

そして、日本の弥生時代にあたる昔に書かれた書物の内容が、現代社会への風刺とも読めるのは驚きである。

また、韓信に主君・劉邦への謀反を促した罪で捕らえられた論客・蒯通が、劉邦の面前で煮殺されようとする間際

「犬が聖君主に吠えつくのは不忠だからではない。犬は飼い主以外の者には吠えるのだ。俺は韓信の犬でしかなかった(意訳:お前に吠えて何が悪い)」

と言い放った言葉も世代を超えて語り継がれている(淮陰侯列伝)。この言葉を聞いて蒯通を許した劉邦の懐の深さも伺い知れる。

それは、言葉と共に韓信や蒯通たちが人々の記憶の中で生きているからだと考える。

司馬遷が残したものは、
勝者の歴史ではない。

敗者も、

異民族も、

裏切り者も、

皆、生ける者として描かれている。

だから二千年後の私たちも、
生者としての彼らの言葉に耳を傾けることができる。

「春」
――それは、儚く過ぎ去る美しい時の流れ。人は皆、その一瞬の輝きを受け継ぎながら生きてゆく。

チャラ=リョウ博士
カトマール王立図書館 上級書士・古代史研究者
「歴史とは、勝者の記録ではなく、生きた者たちの記憶である」

このブログは、『春を紡ぐ者の叙事詩』の仮想編纂者・チャラ=リョウ博士の研究資料を、助手・比名たかしが現代日本語で編集・公開しているという設定で運営しています。


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