美しいというのは心の声、心に蓋をすることは出来ない。

エントロピー増大に抗おうとする行動原理が生命体の意識であり、それゆえ、系と外界を隔てる境界を必要としたと仮定する。

液体の水が存在する地球型生命体では、膜(両極性分子である脂質二重膜)が境界であり、動物では皮膚が境界、そして、脊椎動物では皮膚組織から分化した脳が意識の器となった。

カンブリア大爆発進化の際、皮膚を鎧で覆うのではなく、体内に丸め込んだ脊椎を形成し、目などの感覚器官と連結することを生存戦略としたのが脊椎動物。これにより、外界を観測する能力が格段に向上し、外界を評価する「美」の概念が生まれたと考えられる。

つまり、生存戦略として「世界は美しくあるべきであり、美しいからこそ世界が存在する」

観測されるのは光の周波数、音波、低分子化学物質(臭覚)、重力(波)等。真理が美しいのではなく、観測者から見て美しいから真理となる。美しいか、心を揺さぶられて感動するかが、特異点としての美の基準となる。

その評価は、捕食者としては、被捕食者が健康で安全な食料であるという基準であり、秩序のある形体が「美しい」とされる。

我々が魚屋さんで魚を選ぶ時、新鮮で形の整ったものを選び、八百屋さんでリンゴを選ぶ時、色形の良いものを選ぶのと同様である。

また、被捕食者にとっても、秩序ある環境は、捕食者に荒らされていない安心できる「美しい」環境となる。

「美しさ」とは、生命が秩序を維持しようとする境界線上に宿る概念であり、生命体にとって単なる贅沢品ではなく、生存のための核心的な羅針盤であることが示唆される。

脊椎動物以外でも、視覚を発達させた昆虫類、頭足類等も同様に、形態的な秩序を「美しい」と観測していることであろう。

そのため、昆虫を受粉や種の伝播手段にする被子植物は、昆虫、鳥等に「美しい」と判断させる秩序だった花を咲かせるようになったと考えられる。

一方、魔物は、地球の深淵(外界から隔絶された閉鎖系)で進化した存在だと仮定してみよう。

地球(ガイア)の意識は重力の中心であるコアに宿り、外界である太陽の影響が及ばない地中でガイアの影響が大きくなると考え、

それが、闇の住人、魔物とその魔力の源とするのが私のファンタジー設定だ。

そのファンタジーの地下世界では、太陽の光が届かないので、「光」ではなく重力や地磁気の揺らぎ等、地球の持つ力、ポテンシャルが観測の源泉となる。

地上の観測者であるファンタジーのキャラクターが魔物や闇の領域に触れたとき、激しい「美の拒絶」または「未知の美への感応」が起こるであろう。

• 地表の真理: 光が織りなす調和こそが真理。
• 地中の真理: 重力が収束する静寂こそが真理。

真理が美しいのではない、観測者が美しいと感じるからこそ、それがその者にとっての真理となる

真理は観測者の感動(特異点)に依存するのだ。

魔物とは、実は外界との境界線を失い、ガイアという大きな系に飲み込まれた元・生命体なのかもしれない。個としての「美」を捨て、存在したいという星の「意志」そのものになった存在とも言い換えられる。

「春」
――それは、儚く過ぎ去る美しい時の流れ。人は皆、その一瞬の輝きを受け継ぎながら生きてゆく。

チャラ=リョウ博士
カトマール王立図書館 上級書士・古代史研究者
「歴史とは、勝者の記録ではなく、生きた者たちの記憶である」


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