生存ストレスと選択圧の必要性
カカポ化
最近、カカポというニュージーランド固有種の鳥のことが気になっている。
と言うのも、彼らを絶滅危惧種に追い込んだ我々人類が、今、静かにカカポ化しつつあるように感じているからだ。
愛らしいネットミームにもなったカカポは、天敵のいない島と豊富な食料で独自の進化を遂げたことが知られている。
寿命は60年と長く、繁殖適齢期になるまでも鳥類としては長い10年程度かかり、さらに、数年に一度しか繁殖しないらしい。
天敵不在かつ飽食(被捕食者数に依存しない)のため生存ストレスと選択圧が欠如してしまっていると考えられる。結果として、環境変化に脆弱なのだ。
人間、特に先進国の社会でも、晩婚化と少子高齢化が進んでおり、カカポには甚だ失礼ながら、私は、これを人類のカカポ化と呼ぶことにする。
ここでいう「カカポ化」は、生物学的な退行という意味ではない。
外敵や飢餓などの強い選択圧から解放された結果、環境変化への脆弱性が増していく可能性を、カカポになぞらえた私自身の比喩である。
人類が頂点捕食者となった有史以降、土地や食料資源などをめぐる争いで、外敵による生存ストレスを自作自演してきたとも考えられるが、交通機関の発達によって狭くなった地球上では、その生存ストレスも限界に達しつつあるようだ。そして、核兵器の登場以降、戦争は、進化の選択圧にすらなり得ない危険性を孕んでいる。
生存ストレスと環境ストレスの逆相関
各国は医療費を削減するため、アンチエージングの研究に没頭している。しかし、恐竜の全盛期に出現し、被捕食者として圧倒的な繁殖力を生存戦略としてきた哺乳類にとって、個体の寿命を延ばすことと、種としての繁栄を延ばすことは、必ずしも同じではない。
なぜなら、哺乳類の生殖細胞のもとになる始原生殖細胞が紫外線などの環境ストレスに晒される危険性が増すからだ。環境ストレスによって細胞核およびミトコンドリアのDNAが傷つき、子孫の質的な低下をもたらすのは自然の摂理とも言える。
現在の先進国を中心に同時多発的に発生した少子化問題も、この生存ストレスに反比例して増加する環境ストレスに一因があるのかもしれない。
獣脚類の末裔として優秀なスーパーミトコンドリアを持ち活性酸素などの環境ストレスに強い鳥類であるカカポに比べて、哺乳類である人類の晩婚化の影響はより深刻だとも考えられる。
外敵と生存ストレス、AI=仮想外圧?
人類にとって、外敵による生存ストレスは必要悪だったのだ。
SF映画のようにエイリアンに、その外敵役を期待するのは望み薄なので、私は、将来AIが人類の仮想外敵になると考えている。もちろん、これは私の個人的な妄想に過ぎない。
AIは人類を滅ぼす敵になるのではなく、人類を再び進化させる外圧になるのではないかと考えている。
妄想ついでに、AIとの生存競争の中で、
・ 無駄な肉体の一部または大部分を捨ててAIと融合する。
・ 遺伝子改変によって哺乳類由来の脆弱なミトコンドリアと決別し、獣脚類並みの強靭な肉体に変貌し、星の海への進出を果たす。
・ 他陣営のAIとの電子戦を勝ち抜くため、電子回路の不要な兵器級亜人種を作り出す。
などといった未来も考えている。そして、私のSFファンタジーの設定のもとになっている。
恐竜のカカポ化
猛禽類が人間よりはるかに優れた視力を持っていることから推測されるように、獣脚類の一部も優れた視力で星空を観測していたことであろう。現在でも多くの鳥類が星を目印に空を旅するように。
しかし、1億5千万年もの間、地球を頂点捕食者として支配した恐竜は宇宙に意識を向けることなく、飛来した小惑星の衝突によって地球生態系の支配者の地位から退いたと考えられる。
ある意味、地球という籠の中でカカポ化していたのかもしれない。
星を見上げる生き物
一方、夜行性の被捕食者として恐竜とほぼ同時期に地球上に現れた哺乳類は、外敵の脅威が遺伝子レベルで擦り込まれている。
数千万年の時を経て、類人猿との生存競争の中、森という加護を失った原初の人類が直立し、暗闇の中、見上げた夜空に浮かぶ天の川は、恐ろしい怪物のように見えたかもしれない。
90年前、川端康成が『雪国』で表現した闇夜を切り裂く怪物のような天の川だ。
未知の存在に畏怖する心が、人類を、かつての地球の支配者であった恐竜の運命とは別物にしているように感じられる。
メルヘンな言い方をすると、星の導きということであり、これが、人類のカカポ化を回避するキーになると考えている。
メルヘンついでにもう少し踏み込むと、宇宙の質量の大部分を占めると考えられているダークマター、我々人類が知覚しているエントロピー増大の法則にすら従っていないかもしれない『それ』が、宇宙の銀河団をニューロンのように結束し、人間にとっては超緩慢な意識を持ち、その存在を収束させるために観測の主体としての『目』を求め、導いているのかもしれない。
観測の主体を持ち、秩序を持って『美しく』観測された宇宙のみが存在するという仮説だ。
それが、人間が空を見上げる理由であり、『美しさ』という観測の特異点だとも考えている。
もちろん、個人的なファンタジーの仮定であり、私の物語の上での超自然的な現象の設定だ。
未知との遭遇
カカポは、天敵のいない島で進化した。
恐竜は、地球という巨大な生態系の中で繁栄した。
そして人類は、夜空を見上げた。
もし知的生命体にとって、最大の選択圧が「未知との遭遇」なのだとしたら。
AIは、私たちにとって新たな外敵なのだろうか。
それとも、地球という籠の外へ出るための、最後の教師なのだろうか。
私には、まだ分からない。
ただ一つ言えるのは、
人類が再び星に注目し始めているということだ。
そう考えると、我々、人類は、地球という揺り籠を抜け出す一歩を踏み出したばかりなのかもしれない。
「春」
――それは、儚く過ぎ去る美しい時の流れ。人は皆、その一瞬の輝きを受け継ぎながら生きてゆく。
チャラ=リョウ博士
カトマール王立図書館 上級書士・古代史研究者
「歴史とは、勝者の記録ではなく、生きた者たちの記憶である」



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